瞑想と感情消化

私は、2017年に生きづらさが陰極まって以来、
自分の心と向き合うようになり、ずっと感情消化を続けてきました。
でも近年、瞑想が出来るようになってからは、感情消化も行いますが、
瞑想をやることが増えています。

瞑想と感情消化、どっちが良いの?
とご質問を頂きましたので、私なりにまとめました。

ロータスビジョンとオニオンピーリングビジョン

─ 瞑想と感情解放セッション、変化の仕方の違い ─

かつてお世話になっていた瞑想の先生の著書に
感情消化はオニオンピーリングビジョン(玉ねぎを剥くビジョン)
瞑想は、ロータスビジョン (蓮のビジョン)
と書かれていました。

人が変わる道筋には、実は異なる方向性があります。
この捉え方は大変分かりやすいと思いました。

オニオンピーリングビジョン

〜「剥がしていく」変化〜

玉ねぎの皮を一枚ずつ剥くように、

  • 未消化の感情
  • 思い込み
  • トラウマ反応
  • 心の傷
  • 身体に残った緊張

を少しずつ解放していく。

「なぜ苦しいのか」
「何が引っかかっているのか」

に丁寧に触れながら、不要になったものを剥がしていくアプローチです。

怒りの奥に悲しみがあったり、恐れの奥に孤独があったり。

一層ずつ、自分を知りながら軽くなっていく。

感情解放セッションや身体志向のワークは、この変化に近いです。

ロータスビジョン

〜もともと在るものが開いていく変化〜

一方で、蓮の花は外側から何かを足されて咲くわけではありません。

もともと蕾の中にあるものが、自然と開いていきます。

瞑想の変化は、こちらに近いと感じます。

何かを無理に直すというより、

静かに観ること
反応を手放すこと
今ここに戻ること

によって、

もともとあった静けさや安心感、広い視点が現れてくる。

苦しみを無くすというより、

「苦しみに巻き込まれ続けない自分」

が育っていく感覚です。

どちらが正しいではなく、どちらもある

人によっては、

まず玉ねぎの皮を剥く必要がある時期があります。

未完了な悲しみや恐れを丁寧に感じ切ることで、身体が安心を取り戻していく。

一方で、

「問題を解決し続けても、まだ何か苦しい」
「今はその感情と向き合うことはが難しい」

という時に、ロータスビジョンが助けになることもあります。

“直す”から離れ、ただ観る。

すると、最初からそこにあった静けさに気づくことがある。

本当は、両方が循環しているのかもしれない

感情を解放したから、深く瞑想できることもある。

瞑想をしているから、感情に飲まれず向き合えることもある。

玉ねぎを剥くような時間と、蓮が開くような時間。

私たちはその両方を行き来しながら、少しずつ本来の自分へ還っていくのかもしれません。

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前の投稿の「執着を手放す」 👈も良かったら読んでください。

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参考文献:清水友邦著 「覚醒への真実」

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