― 握りしめた手を、そっと緩めるように ―
皆さんは瞑想することありますか?
最近私は、ますます瞑想にハマっています。
瞑想をしていると、次から次へと浮かんでは消えていく思考に気づきます。
その中には、
「こうあるべき」
「失いたくない」
「嫌われたくない」
そんな、心に強く張り付いた“執着”が隠れていることがあります。
そして不思議なことに、
「手放さなきゃ」と思えば思うほど、余計に強く握りしめてしまうことがあります。
その手放すというと、
- 忘れなければいけない
- 気にしないようにしなければいけない
- 執着してはいけない
そう考えてしまう人も少なくありません。
けれど本当の手放しは、無理やり消し去ることではありません。
ただ、握りしめ続けているその“力”を、そっと緩めてあげること。
それだけでも、心は少しずつ軽くなっていきます。
瞑想の中で起こる「手放し」のサイクル
瞑想とは、この静かな練習の繰り返しでもあります。
1. 思考が浮かぶ
「あ、今なにか考えているな」
2. 気づく
「これは執着かもしれない」と気づく
3. 認める
「そう思ってもいいよ」と否定せず受け入れる
4. 戻る
そしてまた、呼吸や“今この瞬間”へ戻る
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これを何度も何度も繰り返していくうちに、少しずつ心に余白が生まれていきます。
思考がなくなるわけではありません。
ただ、“思考に飲み込まれにくくなる”のです。
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手放した先に入ってくるもの
私たちは人生で、何かを得ようとして頑張り続けます。
けれど実は、「手放すこと」でしか入ってこないものもあります。
- 執着を手放すと、自由が手に入る
- 常識を手放すと、可能性が手に入る
- 見栄を手放すと、自分らしさが手に入る
- 思い込みを手放すと、気づきが手に入る
- 他人の目を手放すと、自分の人生が手に入る
- しがらみを手放すと、安心が手に入る
「自分を縛っていたのは、他の誰でもなく、自分自身だった」
そう気づく瞬間があります。
そこから、本当の意味での自由が始まるのかもしれません。
どうしても手放せない時は
とはいえ、簡単に手放せたら苦労はしません。
どうしても指がこわばったように、離せないこともあります。
そんな時は、まだ心の中に
“消化しきれていない感情”が残っているのかもしれません。
無理に突き放そうとしなくて大丈夫です。
まずは、その感情を丁寧に感じてあげること。
味わい、認め、癒していくこと。
そのプロセスが必要な時もあります。
実は私も
実は私も、昔とあることへの執着がどうしても手放せず、手放すくらいなら死んだ方がマシだと思っていた時期があります。
最終的には、手放さざるを得ない状況になり手放しました。
手放した後は、身体の力が抜けて楽になったのを覚えています。
その時のネガティブな感情は、時間の経過が自然と癒してくれました。
一人で抱え込まなくていい
一人で頑張り続けるほど、心はまた固く握りしめてしまうことがあります。
そんな時は、
- 誰かに話してみる
- 安心できる人に頼る
- プロの手を借りる
それだけで、驚くほどスッと力が抜けることもあります。
あなたの心に、
心地よい風がそっと吹き込みますように。
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